「接続性」の地政学 -グローバリズムの先にある世界― 上下 パラグ・カンナ著 尼丁千津子、木村高子訳 原書房 2017.1.31
史上初の米朝首脳会談が行われ、我が国の周辺の東アジアをめぐる政治状況の動きも激しさを増しているが、本書は、世界規模での動きを新たな地政学の観点から解説したものである。
この四半世紀のインフラ整備、規制緩和、資本市場・通信の発達によるグローバル・サプライチェーン・システムの台頭により、我々の生活のあらゆる面において接続性(コネクティビティ)が圧倒的に重要になり、それが新たな地政学となっていることを膨大な実例をもとに紹介する。グローバル・サプライチェーンはどんな超大国にも取って代わり、グローバル文明の中心となった。米中もこの新たな秩序を単独で支えることはできないという。
何世紀もの間、地政学は、「領土の征服」「近隣国や敵対国の支配」と同義であったが、今日の本質は「接続性」の優位性、もっともつながっている大国が勝つということ。第一次大戦以前、欧州では密接な貿易があったとはいえ、広大な植民地から原材料を略奪しながら垂直的に統合された重商主義帝国として行われ、完成品のみ取引し、互いに生産を委託することはなかった。
現代の戦いは、領土ではなく、資金、物品、資源、テクノロジー、知識、優秀な人材の流れを巡って争われる。もっともすすんだ経済国でさえ、優れた輸入品がなければすぐれた輸出品を作ることはできない。TPPもサプライチェーンを巡るもので、目的は中国を除外することでなく、開放させることにある。米の対中輸出は2000~2010年で5倍になり最大の貿易国になった。米国の消費者が頼りにするのは中国のサプライチェーンである。貿易の物理的な流れを円滑化するほうが、関税の引き下げよりはるかに重要で、各サプライチェーンの規格を合わせることで世界のGDPは5%アップする(全WTO協定を実施しても1%)。今や、国境線よりタイムゾーンの一致が重要という。
具体例として、中国に多く言及している。国の力は地理的な領土でなく、商業的利益の確保とそのために必要なつながりの保護にある。ここで国内政策と外交が結び付き、エネルギー安全保障=経済成長=政局安定=党支配の継続となる。
反対していた南スーダンの独立を承認したのは、そこからケニア、インド洋へのパイプラインの建設と石油取引継続の決定後。
南シナ海人工島建設にこだわるのは、マラッカ海峡の東側で必要な自然資源の確保のため。この海峡を迂回するタイの運河建設に役立つなら、マレーシアも同様だが、パッタニー県のイスラム教徒の独立を支援する可能性がある。
同字レトリックで中国はインドに代わってカラコルム・ハイウエイ建設に50年間出資してきた。新疆ウイグル自治区~インダス川沿いにパキスタン~ペルシャ湾ルート建設。これに含まれる鉄道、発電所をパキスタン特殊部隊が国境以上に警備している。
制裁下とはいえロシアは、西シベリア油田の後の北極海開発の可能性のもとに、米国、ノルウェーといった北極評議会メンバーとは良好な関係を維持しているが、中国はロビー活動の成果で、同評議会にオブザーバー参加。また、グリーンランドの鉄、ウラン鉱山への出資を狙い、ひそかにグリーンランドの独立を支持している。
そして、1990年代以降、アルゼンチンからアンゴラまでの小切手外交で、学校、病院、官庁、幹線道路などの建設の代わりに原材料を買い占めるという長期契約を結び、自国にほぼ摩擦のない商業的拡大をもたらすとともに、政治的には不介入で、それが無制限の武器販売につながっている。
このように中国はそのエネルギーを近隣国との共同のインフラ作りに向けており、安全保障と同等の世界の公共財であるがゆえに米国も阻止できない。米国が軍事力を東アジアに転換するのは、同盟国を中国から守るためだけでなく米国と太平洋を越えた先との成長中の貿易を護衛するためである。
この中国のサプライチェーンの広がりは、今後軍事的様相を示してくる。ベネズエラから南スーダンまで現地の機密情報の収集を行い、ハイチ、レバノンには何千もの平和維持軍を派遣、数十の国との合同軍事演習を実施、スーダンの石油を守るため人民解放軍を派遣しているが、いずれジプチなど環インド洋に海軍を派遣するだろう。
西欧諸国、政府、企業は、中国の過度の行動による途上国のブローバックを待っているのでなくサプライチェーンを巡る競争に立ち上がらなければ、途上国に選択の余地がなくなるという。
北朝鮮についていえば、サプライチェーンの結節点として浮上してくる。レアアースの宝庫であり、オーストラリア、モンゴルの鉱山会社は、金、マグネシウムの開発に乗り気。中国はこのサプライチェーン全体を欲しがっており、北朝鮮の政権交代を待てない。IBMやHPのハードウエアに中国が輸入した北朝鮮の鉱物が使われているという。核兵器と地雷原の緩衝国から、中国、ロシア、韓国をつなぐ通路となるが、民主化するというより独裁体制が続くという。イランに対してもそうであるが、接続性の優位性による世界では、一つの大国が支持する制裁措置は機能しない。
ところで電気通信技術はあらゆる他のつながる手段を追い越してしまった。いわゆる「テック」企業は実は技術インフラ企業。たとえば2009~14年に通信会社はモバイルインフラに2兆ドル、今後20年までにさらに4兆ドル投資する。
サーバ、ケーブル、ルータおよびデータセンタの地理的法的所在地は、石油パイプライン同様重要になっている。西側企業と中国企業の摩擦は拡大するが、技術的には大きく相互依存している。たとえば中国のソフト企業はGitHubコーディングプラットフォームに依存している。
今日国家より巨大都市の重要性が高まっているが、都市化、交通、通信のデジタル化、資本市場とサプライチェーンの組み合わせが「距離の死」として地理的決定論への反論となる。人類文明が大河沿いに発展したように、サイバー文明もデジタルな情報の流れに沿って発展する。他方、ニューエコノミーはオールドエコノミーを必要とする。デジタルサービスは近代化されたインフラを通じて進歩する。国家の発展を目指すうえで教育やその他の「ソフト」が「ハード」すなわちインフラ整備に優先されるべきだなどとは一瞬なりとも考えてはならないという。国家の建設に携わる人々は、政治的制度設計に失敗する、彼らが優先すべきなのは選挙制度や政党ではなく、インフラ建設や雇用創出なのだという。
本書には参考として、いわゆる地理的な地図以外にサプライチェーンの様々な側面に即した地図が添付されている。それらの地図のように新たな地政学の観点からみると、やや中国の周到な戦略を過大評価しているきらいはあるものの、現在の我が国の政治外交・経済政策が覚束なく見えてくるとともに、世界が違った姿で見えてくる。特に、トランプ政権の想定外の行動の評価を含め、今後の激動する国際情勢を理解する多いなる参考となるのではないか。
(見城 中)
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