「ブロックチェーン、AIで先を行くエストニア で見つけたつまらなくない未来」ダイヤモンド社 「記者、ラストベルトに住む」朝日新聞出版社
「ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけたつまらなくない未来」
小島健志著 孫泰藏監修 ダイヤモンド社 2018.12.19
「記者、ラストベルトに住む」金成隆一 朝日新聞出版社 2018.10.30
ある意味両対極にある2つの国のルポである。エストニアはバルト海に面した人口130万ほどの小国で、わが国ではそれほど知られてはいないが、我が国よりも先進的な情報通信分野での様々な取り組みがあり、多くの関係者へのインタヴューを通じて紹介している。米国はいうまでもなく政治、経済等様々な面での超大国であるが、我々が知っているのは実はその一部の側面で、多くの米国の知識人も見逃していたトランプ大統領誕生の要因を、ラストベルト地域のアパートに滞在取材することにより明らかにしている。12年の大統領選挙で共和党が負けて16年に勝った6つの州、オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン、アイオワ、フロリダのうちフロリダ以外の5州はラストベルトに少なくとも一部がある。この忘れられた人々の物語には対照的にITCに関する話題は表れてこない。
「ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけたつまらなくない未来」
エストニアでは、1991年旧ソ連から独立後、国民にID(eID)カードを配布し、行政システムの電子化を掲げる。紙の書類は使わず、X-Roadという情報交換基盤システムで、病院、警察、学校、税務署といった異なる機関のデータベースを繋ぎ、データをスムーズかつ安全に交換している。さらにこれをセキュリティを確保してうえで民間にも開放し、企業の様々なオンラインサービスを生成させた。ビジネス面では機動的で流動性のあるチームで成果を上げることができ、大企業のような組織体は不要で、経営者の役割も映画のプロデューサーのように人と人の関係性をデザインすることに変わったという。
なぜ「何もない国」がIT先進国に変われたのか。独立当時、国家の基礎作りに追われていた。①誰が国民なのか把握する、②新しい法律を作る、③自国の通貨制度を整えるなどである。他方、対ソ輸出が絶たれ、ロシア系住民が退去し、GDPは3分の1に、インフレと経済危機が襲った。国土の51%は森林でおまけに1500もの島を抱え、インフラ整備もままならない。そうした中、当時ちょうど勃興期であったインターネットに目を付け、政府が電子化すればコストを抑制しつつ国づくりができると考えたのである。
小国故、小規模システムで足り、ソフト開発や仕様変更は簡単である。巨大なデータベースは不要で、既存のものを繋げばよい。たとえば、税収に占める徴税コストはOECD52か国中、エストニアは0.4%で3位、日本は1.74%で最下位である。
もともとエストニアの教育には定評がある。1632年スウェ―デン支配下時にタルトゥ大学が設立されており、その後ルター派は聖書が読めるよう識字教育に力を入れ1922年で90%のリテラシーがあったという。学力、特に数学的思考力の高さに旧ソ連も一目置き、軍事研究施設(暗号技術の研究)を置いていた。これらの下地の上に、2003年スカイプが無料音声通話サービスの開発に成功したが、これにエストニアのエンジニアがかかわっている。P2Pなのでサーバコストは劇的に安くなった。2年後米eBayに26億ドルで買収されたが、100人のエストニア人エンジニアがストックオプションで資金を得、それを元手に多くのベンチャー企業を起業していくのである。たとえば、テレポート;世界250都市の生活コスト、環境、質など800項目についてのデータを提供。トランスファーワイズ;国際送金の不当に高い手数料を避けるため個人間の通貨支払いをグローバルにマッチング。アグレロ;ブロックチェーン技術を用いたスマートコントラクト、オリジナルの民間企業向けID認証技術を開発などである。
このように同国ではロールモデルがいて、IT分野のキャリア、給料も高く、IT専門家志向は8.1%でOECDのトップ(平均は2.6%、日本は2.4%)。また起業家マインドも先進国ではトップレベルで起業家の考え方、能力、実態を調べたTEA総合企業活動指数によれば24か国中トップ、日本はワースト3位である。ただ小国故に市場としてのうまみはなく、営業の人材は育たず、マーケッテングは他国任せであるのが弱点である。
だからこそ、研究・開発を同国は重視する。
プライバシーについての懸念に対しては、もともとソ連時代にはなかったというのは冗談だが、透明性の原則を徹底している。同国は情報公開法(Public Information Act)等により、電子政府の6つの原則を定めている。①分散化、②一度きりの原則;すなわち政府は同じことを2度聞かないという事。引っ越しの通知も一度すれば、役所、警察署、電気、ガス、水道すべてに伝わる、③透明性;データが誰にどう利用されたか秒単位で確認でき、不正利用には厳罰、④ノーレガシー;13年以上古いシステムはソリューションツールとしては使わない、⑤ユーザフレンドリー、⑥データの完全性;ブロックチェーン技術によるリアルタイムの改ざん検知である。最後のものは2007年の大規模DDoSサイバー攻撃を契機とするもので、書き換えられても確実にそれを追跡できる技術があり、NATOや米国DARPAにも採用された。
キーアイテムは認証と署名に用いるカード式の電子身分証明書(ICチップを埋め込んだデジタルID)。同国では生まれて10分でお祝いのメールが届くという。即ち国の子育て支援制度への自動申し込みがなされたという事で、背後で国民ID番号が付与され、本人確認の認証機能が動き出したという事である。基本的には全ての手続きをオンラインでできるが、あえて完結させないのは、結婚、離婚、不動産売却の3つで、感情的に早まってはいけないという事である。民間企業もデジタルIDを基に政府DBにアクセスできるので、本人確認コストを抑制することが可能になる。
エストニアには仮想住民を認めるイーレシデンシーというユニークな制度がある。世界のトップ人材が次々獲得し、ビル・ゲイツやフランシスコ法王、安倍首相も持っている。狙いはITを利用した産業の育成、国境を越えて活躍する「頭脳」(デジタル・ノマド)を集めることで、そのため求人サイトのジョバティカル(イーレシデンシー登録で簡単に雇用契約)、テレポート(前出)、リープイン(企業設立、月極手数料による銀行口座開設、コンプラ面サポート)、ファウンダ―ビーム(資金調達、ブロックチェーンを利用した株式類似のトークン発行)などのシステムを提供し、仮想通貨エストコインも発行準備している。エストニアは人口そのものについて、自然減を20~30歳代のグローバルフリーランサーやUターンテーブル組の高度なIT人材の移住が補い、増加に転じているが、イーレシデンシーの申請は4万に及び、生産年齢人口85万の4.7%に達している。この施策の背景には、ロシアの外圧があるといわれる。クリミアの併合は同国を震撼させた。たとえ領土が奪われても、国民がちりじりになっても、国民・国家のデータさえあれば再建できると考えているのである。
エストニアの現在の教育については、独立後1996年以降教育方針を転換した。重視したのは、①問題解決力、②民主的な意思決定、③批判的思考力、④個人的責任の自覚であり、加えて学校への権限の移行を行った。フィンランドを参考にしたもので、教員、職員の採用、解雇、財政、教科書選択も自律的に行わせる。また、独立後の財政難の中、タイガーリープという施策で全学校にパソコンを配備するという大決断を行った。これもIT産業の興隆を支えており、最近はインターネットの普及に伴いコンピュータ・サイエンスの授業が増えている。2015年PISA3位の実力で欧州ではフィンランドを抜きトップである。日本はPISAの順位は高いものの欠けているのは「自己効力感」で、学校教育が大きくかかわる。日本では学年が上がるにつけ自己肯定感が下がるという。
「記者、ラストベルトに住む」
2016年の米国大統領選挙でのトランプの勝利は世界を驚かせたが、多くの米国知識人、即ち大学教授、シンクタンクの研究者、TVの看板キャスター、選挙ストラテジストも皆見誤った。彼らは民主党の強い都市部で教育を受け、都市で長く暮らして地方からの視点から離れていて、グローバル化の恩恵を受けながら、暮らしの悪化した労働者の不満が理解できていない。「大陸の真ん中に暮らすオレたちが真のアメリカだ。鉄を作り食糧を育て、石炭や天然ガスを掘る。両手を汚し、汗を流して身体が痛むまで働くのはオレたち労働者だ。もはやオレたちはかってのようなミドルクラスではなくなり貧困に転落する寸前だ。今回は真ん中の勝利だ。エスタブリッシュメントは外国には旅行するくせにここには来ない。『つまらない』『何もないから行きたくない』といいやがる。オレたちの街は頭上を飛び越えられる地域(fly over county)ってわけだ。エスタブリッシュメントは自分たちがオレたちより賢いと思っているが、現実を知らないのはこいつらのほうだ」。トランプを勝利に導いた彼らの心情を理解するため、筆者は2つのユニークな取材方法をとった。舞台となったラストベルトの街々で、「定点観測」として、選挙の1年前の2015年12月から継続的に取材してきた。もう一つは「住み込み型」で、2017年10月から3か月間オハイオ州トランブル郡ウォーレンにアパートを借り、地域に密着した取材を行った。同郡は44年ぶりに共和党候補が勝利し、今回の政治的震源地の一つである。同地は米国のロールスロイスといわれたパッカード自動車発祥の地であるが、同社は20世紀初頭大衆路線で経営に失敗し、50年代に消滅した。製鉄所は1921年当時全米最大の規模を誇ったが、経営破綻し2012年閉炉した。人口は70年代の6万から今の4万まで減った。かつては18歳で働き始め30年働いて48歳で引退した。それまでで貯蓄、社会保障、年金が十分という事だった。仕事が嫌になればやめて、その日の午後に別の会社で働けた。今貧困率は34.9%(全米では12.7%)である。
彼らの最大の恐怖は「貧困への転落」。主要産業の製造業、製鉄業は既に衰退し復活の兆しはなく、仮に製造業が米国に戻っても、オハイオではなく南部州に行く傾向があるという。この地域、特に高齢者の不満はここにあり「目の前の道路さえ整備できないのになぜ他国を支援し続けるのか」として、自国優先主義、アメリカ第一主義となって表れる。民主党敗北の理由の分析として①NAFTAについては多くの製鉄労働者が署名したビルに反発し、その矛先がヒラリーに向かった、②修正第2条(銃所持の権利)、彼らはもともとアパラチアの山からきて銃所持の権利は絶対であるが、ヒラリーは銃規制強化を志向している、③ヒラリーは米軍最高司令官に向いていない、④宗教上pro-lifeでpro-choiceではない(中絶に反対)などが挙がっている。しかし最大に要因は、現状を変える「違った声」を求めたこという。アメリカンドリームの達成は困難になり、高卒で時給20~25ドルの仕事を見つけられない。大卒(会計士)でも母(コンピュータのデータ入力)の嘗ての収入より少ない。米国経済は2008年リーマンショックで崩壊し、回復してきても賃金は上がっていない。製鉄所で働いていた人々は元々民主党の支持基盤であった。今や同党は彼らの声を代弁していない。統一できないほど支持基盤を広げてしまって、党の方が変わったのだという。組合も労働者を見捨てた。組合幹部の保身に走っている。この地域で時給20ドルはGMのみだがメキシコに移れば5ドルになると圧力がかかっているのだ。
これら地域の一つの特徴は、経済的な苦境を背景にした薬物の蔓延である。2015年11月のレポートでは、中年白人の死亡率が上昇している。薬物中毒とメンタルヘルス問題によるが前者は南西部で都市部を上回り、地元自治体は非常事態宣言を出した。
ヘロインを含むオピオイド鎮痛剤が過剰摂取の主要因で、99年~2016年の間に全米で63万人が死亡した。2016年は6万3千人だが、人口10万人当たりでみると、1位ウエストバージニア州(52人)、2位オハイオ州(39人)、3位ニューハンプシャー州、4位ペンシルベニア州となり、ニューハンプシャー以外は炭鉱のアパラチアに属し、かつての都市の問題であった薬物の流行が中西部へ広がっていることがわかる。薬物の種類もオピオイドからより過激なフェンタニル、さらにカーフェンタニルへ広がり、後者はモルヒネの1万倍の威力があるという。
大統領となったトランプへの評価はどうか。3者に分かれる。①トランプの仕事に満足する人々、②不満を持ち始めた人々、そして③再選は支持しない人々である。
満足の理由としては、イラン合意に追加署名せずー核武装しない確証はないからである。パリ合意からの離脱表明―アメリカのビジネスにはプラスで、温暖化の理論は信じない。ワシントンの常識には縛られず、利益団体の献金漬けの腐敗の現実が暴露されるからだという。多くの支持者が理由にあげるのが、株高である。USスチール株は19ドルから29ドルに上がったのはトランプのお陰だとする。不満を持ち始めた、あるいは再選は支持しない人々の理由としては、トランプは共和党候補として唯一、社会保障費とメディケア、メディケイドを削減しないと宣伝し、民主党から一定の票を奪ったにもかかわらず、公益医療が削減されるというニュースが流れている。また、トランプの「石炭産業の復活」という約束は実現されそうにない、貧困地域への財政支援を打ち切ろうとしている。さらに2016年米通商代表フロマン(当時)がいうように、雇用・賃金の停滞はグローバル化というより自動化の産物であり、トランプが個別企業の経営判断に介入しても効果は疑問という。対外的にはシリアへの空爆は他国への介入主義、またメキシコとの国境の壁の予算も十分ではないとする。そして全体としてみると、今までのところ7~8割の支持は揺らいでいない。ワシントンは既得権を守ろうとする抵抗勢力が強い、実績を出すにも時間がかかると理解されているのである。スキャンダル続き、問題発言があってもだれもトランプに模範生を求めない。民間のビジネスを促進してくれれば十分なのだ。中間選挙に向けた共和党予備選挙でも候補者の「トランプっぽさ」の競争となっている。つまり、中立的な言葉遣い「ポリティカル・コレクトネス」を無視する姿勢をどこまで示せるかである。
2045年には白人の割合が5割を切る。ヒスパニックが24.6%、黒人13.1%、アジア系7.8%になる。マイノリティは若いので、2020年には18歳未満の白人は過半数を割る。このような人口動態の中で、貧困白人は良質な教育とは無縁で、その結果工場で働き多くは解雇を経験して大企業経営者に不満を持っている。ラストベルトでのトランプ支持者は、素朴で控えめで仲間思い、勤勉で仕事に誇りを持っている。トランプは彼らの失望感にいちはやく目を付け、「アメリカを再び偉大な国へ」と唱えつつ、巧みに不満や不安を煽って支持を得てきた。アメリカ社会の分断、その断層を執念深く広げ、できた隙間に指先をひっかけてよじ登ってきたのである。
我が国では、5月24日デジタルファースト法が成立し、遅ればせながら、約4万6千ある行政手続きのうち1割しか進んでいないデジタル化を電子申請に統一する弾みとする。紙やハンコをやめ、IT技術で処理する「デジタルファースト」、同一の情報提供を求めない「ワンスオンリー」、手続きを一括して済ます「ワンストップ」を3つの原則とするもので、行政の効率化、利用者の利便性を高める。世銀によると日本のビジネス環境ランキングは39位で昨年より5つ下がっており、法人設立や不動産登記などの面で評価が低い。これら特に海外からの投資の障害となっていた手続きの煩雑さの解消が期待されるとする。しかしエストニア電子政府の6つの原則にあるように「ユーザフレンドりー」になるのであろうか。エストニア高官からみると日本のマイナンバー制度は、11.5%しか普及していないが、国民にとっての利便性はなく政府の情報コントロールを目的にしているように見え「ユアナンバー」になっているという。セキュリティ面での国への信頼度をみると日本は28か国中27位(PR会社エデルアン)。政治に配慮し高級官僚が公文書を改ざんさせるなど、エストニアからみると先進国でありえないこととあきれられている。最新技術を活用し法制度を整えたところで、基本的倫理観が行政当局に確立されていなければ、、国民が信頼して使うことはないのではないか。
再選を目指すトランプ大統領にとって、ラストベルト諸州の帰趨が勝負を分けるのであるから、この地域の利害関係がその政策に色濃く反映されるのは当然である。この観点でトランプ政権の昨今の内政・外交をみるとよく理解できるのではないか。彼らの関心は地域の経済であり、大統領に品格などの模範を期待していない。その様な雰囲気の下での相互作用なのであろうが、保守系のFOXに加え、新興メディアが伸長している。One American Newsは13年に開始、トランプの出馬宣言を全てライブ中継した。16年クリントン一家を厳しく批判するドキュメンタリーを放映したがバノン元首席戦略官が制作に関わったといわれている。Newsmax TVはウエッブや雑誌でトランプ政権誕生に向けプロモートしてきたが14年にテレビに進出した。このような新興メディアの進展はいわゆる「ネットバブル」「チェンバー効果」を生み、ますます社会の分断を進める懸念がある。トランプ政権の行方とともに、米国社会の将来が注目される。
(見城 中)
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