「AI後進国」 多田和市 著 日経BP社 2018.6.18 「全産業『デジタル化』時代の日本創生戦略」藤原洋 著 PHP研究所 2018.9.4
AI、IoT、クラウドサービスといった新たな産業の展開について、我が国は出遅れ感が否めないが、両書はその現状認識と今後の挽回策についてそれぞれの視点で分析し、打開策についても提言している。我が国産業の将来についてやや楽観的かという印象もあるが、それだけ我が国の産業が置かれている現状が深刻という事かもしれない。
「AI後進国」で多田は、日本が後進国になったのは、松尾東大特任教授の見解を引き、①ディープラーニングに強い20代後半から30代前半へ意思決定感が任されていない、②日本語の情報が英語に比べ圧倒的に少ない点にあるとする。なお同教授は、AIブームの火付け役はディープラーニングであり、ICTを含めてAIと呼ぶのはおかしいと指摘する。ディープラーニングにより機械が目を持ち、あらゆる作業を自動化できるようになったことが本質だという。今やハードウェア、プラットフォームがあって、その上にソフトウェアとしてマシンラーニングが乗り、それを実行するインターフェイスの技術も含め総合工学化しているといわれている。NECで史上最年少の主席研究員となった藤巻も、システム、ソフトでの遅れを指摘し、クラウド、IoTも分散計算のHadoopやSparkに見られるように北米からの企業に席巻されているという。
一方で、たとえば東大発のスタートアップ企業による医療画像診断支援アルゴリズムの開発は日本が先行するなど様々な取り組みがなされている。しかし藤巻は、製造業、農業、医療・介護、物量、人事などのリアル領域におけるAI活用によって競争力を高めるにはソフトが弱すぎ、クラウド、IoTのプラットフォームを抑えられている状況では、アルゴリズム作りは価格競争に陥るという。アクセンチュアのデジタル・ハブ統括マネージングダイレクターの保科も、AIのアルゴリズムに差はなくなってきており、新しいAIサービスの基盤ではデータが差別化の要で、企業のバラバラのデータをいかに集約するか、不足データをどう補完するかが課題という。
藤巻自身は、データ分析の領域に日本企業にとってチャンスとなるマーケットが変わる瞬間がきているとし、特徴量を自動設計する技術を確立し、グローバルでナンバーワンを目指すとする。これは誰もがデータ分析できることになるNECの画期的なイノベーションで、①特徴量の抽出からモデル構築まで、従前データサイエンティストの手作業では2~3か月要していたのを1日以内ででき、②AIによる予測に対して、特徴量や仮説などで明確な根拠を示しブラックボックス化することを回避できるという。
ホンダの松本取締役はR&DセンターXで、ロボティックス、エネルギーマネジメント、モビリティの3領域で新しい価値を作るとする。従来自動車メーカーは開発・販売・サービスまで一貫して自前主義であったが、自動運転時代では、高速道路網における物流のように協調が基盤となるという。同センターのアドバイザーであり経営共創基盤のCEOでもある富山は、スマイルカーブ現象が再現するという。ロボット自ら学習しチューニングが不要となることにより組み立て工程が付加価値を持たなくなる。プラットフォーマーとキラーコンポーネントの供給者が儲けることになる。他方、バーチャルな世界はグローバルだがリアルな世界はローカルであるというのが第3次デジタル革命のポイントで、フィジカルの世界で場所を抑えることと労務管理が勝負所である。米国にはハード技術のクラスターはすでになく、試作機は可能だが、過酷な状況での壊れない、壊れたらすぐ直すという実用化レベルの製造領域は日本が得意で、現在はピンチであるとともにチャンスであるという。
日本創生戦略で藤原は、インターネットの本質は、「自律」「分散」「協調」であるが、これをあらゆる産業面へのものとしてでなく、情報システムの方法論に限定的に考えたのが日本企業の敗因という。
第4次産業革命は日本が再び世界をリードする日本創生のチャンスだという。デジタルトランスフォーメーションという言葉を提唱したエリック・ストルターマン教授によれば、デジタル化には3フェーズあり、①業務プロセスの強化、②業務のIT置き換え、③ITそのものが業務となる、この段階ではAI、IoTの活用において、リアルと仮想が一体化するという。これからの10年で日本が勝てる理由として、今まで障害となってきた言語ではなく、数値でやり取りすることに優位性があるからという。即ち、インターネットサービスは人間を相手にしてきたのでGAFAのように英語でサービスしてきた。中国圏のアリババ、テンセントも同様である。しかしAI活用によるビックデータ解析では計測された数値データをセンターで扱う。
また、人口減少はピンチではなくチャンスだという。技術革新は強い危機感から生まれるが、日本の人口減少による人手不足は避けられない。 デジタルトランスフォーメーションを推進していくにあたり失業問題がないのは世界的に有利だという。
IoTがもたらす過去最大の成長―「製造業のサービス化」でつながるビジネス―においてエッジコンピューティングが肝だが、ここも日本企業の出番だという。アマゾンやグーグルはクラウドまでで生産工場を持たないが、たとえば日立は生産制御用コンピュータシステムを持っている。
注目すべき未来産業は、IoT、3Dプリンター、ドローンなど種々のICTの融合産業になるという。日本企業は標準をとられると弱いが、同じルールでの戦いには強みがあるので、IoTの国際標準化の検討組織の事務局を日本がとるべきだという。
他方でAIは人間のための技術で、最もユーザ目線で考えたサービス提供企業が覇権をとるが、例えば医療におけるように、患者のデータは病院のものとされ各医院ごとに個別に診断されるが、例えばオーストリアではデータは患者のもので診察カードは各病院共通の一枚、その体制がeガバメントへつながっているのと対比される。
また、研究開発について、イスラエルはいろいろな面で参考になる国だが、例えばベンチャーキャピタルの組成額をとっても一企業当たり日本は0.8億円に対しイスラエルは米国並みの10億で大きく後れを取っているという課題もある。
両書とも、個別の新ビジネスについて詳細な記述、たとえば特徴量を自動設計する技術についての詳しい説明があるものではないが、上記概説以外の様々な最近の動きの具体例や、他の関係者による談話を紹介しており鳥瞰的に把握する参考となる。また、共通して強調されているのはAI人材の確保の重要性で、ディープラーニング人材は世界で引っ張りだこで研究者の固有名詞で値段がついている。一種のドラフト制で、通常の年報酬が500万円のところ2000万円払わなければならないとすると、制度的なストレスに日本企業が対応できるかという人事の問題もある。他面、このような人材にとって報酬は一要素で、企業が持っているポテンシャルや魅力的なデータ、エキサイティングなミッション機会を重視し、むしろパートタイムであれもこれもやりたいので、自由度を求めてプロジェクト単位で働くという面もあると指摘されている。
(見城 中)
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